進路変更について周りの人たちへの報告
志望校を変更したのが高校2年生の冬だったのですが、
正式に公表した(というか意志を固めた)のは高校3年生の5月頃でした。
高校3年生になった4月のあたりでは、誰もがエミは音大受験生だと思っていたわけです。
担任の先生然り。
5月に進路に関する個人面談がありました。
皆それぞれ志望校を書いて提出して、それを元に担任と相談して、
いけそう、とかキツそうとか、がんばれ、とか、浪人覚悟な、とか、そんな話をするやつです。
私はその時多分始めて「東京学芸大学」という文字を書いたように記憶しています。
ピアノの先生には大分前から相談と報告はしていたのですが、
そういえば高校側に言ってなかった(てへぺろ)という状態でした。
担任との面談
[char no=2 char=”担任”]本当に学芸大、受けるんだな(ゴクリ)[/char]
と担任に真顔で言われました。
[char no=1 char=”エミ”]はい・・[/char]
無理もないです。
だって、ほぼ全ての教科が赤点すれっすれで、数学に至っては模擬試験などで1割台の点数を連発してましたから。
[char no=2 char=”担任”]いいか、よく聞けよ。まず、浪人は覚悟しておくように。それから学芸大は足切りが各科目2割だから、最低限それだけは割るなよ。でもな、問題は足切り云々じゃなくて、そもそもセンター試験で何点取れるかなんだよ。いいか、今のお前の模試の点数だとE判定だろ。つまり・・・[/char]
必至で計算を始めた担任。
ちなみに「足切り」は最低ラインの事で、
大学側が定める足切りラインを突破できなければ審査対象外になります。
東大はセンター試験の平均点が80点。これを越えないと二次試験にも進めないそうな。
学芸は、平均ではなく、各科目で1つでも20点を割るとアウトでした。
E判定は最低判定でしたね。AからEの5段階だったと記憶しています。
衝撃の目標設定
話を戻しましょう。
何やら計算してくれた担任が提案した目標は衝撃的なものでした。
[char no=2 char=”担任”]国語、プラス40点
英語、プラス40点
数学、プラス50点
社会、平均でプラス60点
理科、平均でプラス50点[/char]
※この時点で理科社会は科目未定でした。
これを見ていただければ、私がどれだけ低い点数を稼いでいたかお分かりいただけるかと(笑)
ちなみにこの計算でいって、ようやくセンター試験の総合平均点が7割台にかかるか、かからないかぐらいでした。
[char no=1 char=”エミ”]わたしにできるのでしょうか?[/char]